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伊藤くんに出会えてよかった。~『伊藤くん A to E』のドラマと映画の見方~


 

現在公開中の映画『伊藤くん A to E』。
映画に先駆け、昨年の夏から深夜ドラマとして放映が開始されていました。
何故、この物語でドラマと映画を企画したんだろう?
そんな疑問を抱いている方が多くいると思ったので、今回はそれを僕なりに解説します。

あらすじは伊藤くんという「痛男」に振り回される女性たちの成長物語。
(詳しくは予告見てください!)

■『伊藤くん A to E』の魅力とは?
本題に入る前にこの物語の魅力を早速伝えます。
それは、伊藤くんに振り回される女性たちの「痛さ」が観客である僕たちの「痛さ」と同じであること。
物語は伊藤くんに振り回され、恋愛相談をしに来るAからDの女性たちを題材に、
木村文乃演じる矢崎莉桜という脚本家が彼女たちをあざ笑いながら新作を書くというストーリー。
しかし、彼女たちの「痛さ」は自分の「痛さ」と同じと最終的に気付く。
観客たちも莉桜と同じく、あざ笑いながらも自分たちが投影されると気付く体験をまさにする。
だから、物語を見ていると自然と心が痛い。心底傷つきます笑。
自分の「痛さ」と向き合うことができるのがこの物語の魅力である。
(こんな佐々木希の表情見たことありますか?結婚ほやほやですよ?それほど「痛い」です。)

■ドラマと映画どっちから見たらいい?
公開された順からもわかるように、「ドラマ」→「映画」です!
ドラマから見た人の中には「映画はドラマの総集編やん!」と言っている方もいますが、
そういう方にもこの構造がいかに大切かこれから説明します。
※ちなみにドラマを見ていない方は、NetflixDVDも発売されているので、見れます!

■『伊藤くん A to E』のドラマの役割とは?
ドラマは全8話で構成されています(全部で3時間ちょっと!見やすい!)。
2話ごとでAからDの女性を描いていきます。
なので、ドラマはこのAからDの女性にフォーカスして描かれます。
彼女たちが伊藤くんから振り回されることで出る「痛み」に共感していく構造になります。
4人の女性が描かれるので、どこかには必ず共感します(男でも。僕は男です)。
ドラマ版はその「自分の痛さに向き合う」というこの物語の根幹を感じさせる入口なのです。

■『伊藤くん A to E』の映画の役割とは?
映画はドラマとは逆でEである矢崎莉桜と伊藤くんを中心に描かれます。
その構造をもう少し深く見ていきましょう。

①ドラマ版で隠されているもの
ドラマでは矢崎莉桜と伊藤くんについては結構浅く描かれます。
矢崎莉桜のパートは8話目であるが、尺が短すぎて、結構消化不良で終わります。

伊藤くんに関しては、岡田将生が出てくるのは7話の最後からで、
その間は莉桜の妄想として周囲の男が伊藤くんを演じるため、
伊藤くんの生態系は全く分かりません。
AからDの女性の順番で話も語られるので、時系列もバラバラで、
伊藤くんが何故その行動をとったのかも隠されています。

②映画版のつくりの特徴
ドラマ版と映画版の決定的な違いは岡田将生が伊藤くんを最初から最後まで演じていることです。

それによって、ドラマでは中盤と最後にほんの一瞬しかなかった矢崎莉桜と伊藤くんのやり取りが映画では序盤から見れます。
また、AからDの女性の時系列ではなく、伊藤くん視点での時系列で物語が描かれるため、この物語で起こることの時系列が分かりやすくなっています。
(ドラマは逆に時系列がわかないからこそ、あとから個々の物語の関係性がわかっていくのが面白くドラマ的。)

③映画版のつくりから生まれるもの
矢崎莉桜と伊藤くんのやり取りが最初から見れるということは
「莉桜が伊藤くんに狂わされる過程が見れる」ということです。
伊藤くんを邪険に扱いながらも、焦りを感じていく様子が分かりやすく描かれます。

そして、伊藤くんの時系列で描かれるということは、
「伊藤くんがとった行動の理由が分かる」ということです。
そこには伊藤くんの「弱さ」、つまり真の「痛さ」が描かれます。
ドラマでは一切なかった伊藤くんが泣くシーンだってあるし、悲しい表情を見せるシーンもある。
(ドラマでは描かれなかったDのヘビー級女子が伊藤くんで処女を捨てようとした下りが映画では描かれるのはこれが理由。)

④映画版が行きつくもの
この物語の主人公は矢崎莉桜と伊藤くんです。
2人は共にAからDの女性をあざ笑っており、どこか似ているようにも見えます。
「しつこく、言い訳が多く、コンプレックスがあり、重い」、AからDの女性の要素を兼ねそろえたモンスターです。

そんな似た者同士の2人が最後に対峙します。
その後、2人が歩む人生の方向の違いがこの映画の制作側が意図するところです。

「痛くたって、もがいて、信じ続けた先に、見つけた声、それって気持ちいでしょ?抗って、のたうちまわれよ。」
主題歌のandrop『joker』が伝えていることがこの「意図」です。

ドラマで自分たちの痛みに向き合った観客たちを解放していく、それが映画版の役割です。

ラストシーン、四ツ谷の駅前で矢崎莉桜と伊藤くんが映ります。
ドラマでは伊藤くんに勝つ者はいません。圧勝だ。
そのラストの二人の行動の違い、そして、伊藤くんから発される発言から読める伊藤くんの末路を見て、
初めて伊藤くんに勝利するものが出てきます。

清々しいラストシーン。

■僕たちは、伊藤くんに出会えてよかった。
物語の中で、AからEの女性は伊藤くんに狂わせられながらも、
最終的にはその経験のお陰で、人生を取り戻していきます。

僕たちもこの物語の中で、登場人物たちを鏡としながら、
自分たちの「痛さ」に向き合うことが出来ました。

それをまず去年の夏・秋、ドラマで向き合うことを教えてくれ、
もやもやした冬を迎え、年を明け、映画で解放してくれました。
大体がドラマの続きを映画でやる方式で取られるメディアミックスの新しいかたち。

伊藤くんはクズ。それは間違いない。
でも、伊藤くんと出会えて、自分の人生を取り戻せました。

だから、僕たちは、この物語に、この企画に、
そして、伊藤くんに出会えてよかった。


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